「帰ってきた」と言えば「酔っぱらい」だと思っている

リーフェンシュタール姐さん美人
Er ist wieder da/デヴィッド・ヴェンド/2016/ドイツ/116min

こっちの記事もやっと更新。タイムリーなネタだった。

そんな歌が昔あったんだよ。そんでもって邦題って絶対コレ意識してるよね。あ、ウルトラマンも帰ってきてたわ。
そんなわけで「帰ってきたヒトラー」観ました。原作は出た当初邦訳なかったから大して読めない癖にドイツ語版買って結局未読。本格的に勉強しようね。
読んでいたらまた感想が変わりそうというか、映像とは違った別の展開や表現が楽しめそうでした。とか思ってたら公式サイトでも描き方が違うって言ってたのでますます読まんといかんやつや。 
あと観てて総統閣下デカすぎね?って思ったら俳優さん187㎝とかあって15㎝近く本人より背が高いぞおい。

2014年のベルリン。その空の下、一人の男が目を覚ます。彼は狂人なのか、はたまた「本物」の狂人なのか。

本作が始まってすぐに我々は「泥棒かささぎ」を耳にすることとなる。長閑な音楽を背景に特徴的な語り口で身の上を話す声。世界の絶対悪がこの世に戻ってきたのだ。「泥棒かささぎ」で物語は始まり、「ワルキューレの行進」を背に総統閣下は威風堂々とした歩みを示し、そして「メアリー女王の葬送行列」で幕を閉じる。これらは「時計じかけのオレンジ」で印象的に使われたスコアだ。だが本作は暴力映画でもなければ(ある意味ではドイツのむこうずねを打つような暴力映画なのかもしれない)、キューブリックへのオマージュにあふれてもいない。事実としてヒトラーはワグナーやオペラを好み国威高揚のために推奨していた。バージェスやキューブリックがそれを意識していたのかはわからない。兎にも角にも「第三帝国」もといドイツ連邦は一人の男の帰還により、一種のルドヴィゴ法の洗脳を受けるのだった。
 
「嘆きの天使」ディートリッヒ扮するローラ・ローラ
「ヒトラーが現代に戻ったら」というコンセプトのもと描かれる現代は、作中で1933年と比べられている。その3年前、1930年のドイツではマレーネ・ディートリッヒ主演「嘆きの天使」が公開され、劇中歌"Kinder, heute abend, da such ich mir was aus"が流行した。そのサビ部分の歌詞はこうだ- "Kinder, heute abend, da such ich mir was aus einen Mann, einen richtigen Mann! (こどもたち、今夜私は本物の男を探しているの!)"。それに呼応するかのように1933年にナチ党を第一党にした総統は、ある意味ドイツ国民の選んだ「本物の男」ででもあるかのようで大変に興味深い。それとはまた別の話だが、この映画で主演したエミール・ヤニングスは第一回のオスカー主演男優賞を取りつつもナチに肩入れし失意の内に俳優人生を終わらせたのに対し、ディートリッヒはアメリカに渡り大成功を収めている。敗戦後1919年に締結されたベルサイユ条約で多額の賠償金を請求された当時のドイツは、ハイパーインフレを起こしており経済は悪かった。そこに彗星の如く現れたのがヒトラーだったのだ。第一次大戦で負傷した若い兵士は雄弁さを武器に一国のトップにまで登りつめた。
「オリンピア(邦題は「民族の祭典」及び「美の祭典」)」
ポスター
ヒトラーが画家を志し、一揆で焼き払った国会議事堂に代わり新たに自ら設計したそれを作らせた史実から、彼が芸術に傾倒していたことが容易にわかるだろう。映画も好きだった彼は宣伝相ゲッペルスに促されプロパガンダ映画の製作に力を入れた。彼が登用したレニ・リーフェンシュタール監督による「意志の勝利」及び「オリンピア」は、プロパガンダ映画でありつつも美しい芸術作品だ※1。当時最新鋭の技術や機材を使った映像は今観ても実に素晴らしく、ナチスドイツの国力を示すにはうってつけの媒体だったことだろう。テレビのなかった当時動く総統を観た民衆は何を感じたろうか。古代アテネの廃墟が蘇り現代オリンピックが始まる「オリンピア」の冒頭に感激できなかった人などいるだろうか。リーフェンシュタールの映像の力強さもさることながら、その才を見出し、女性ながら重用した党幹部の手腕も評価に値する。そうは言っても筆者はナチを手放しに賛美するわけではない。ユダヤ人に対する迫害や周辺諸国への侵略行為はあっただろう。だが現代社会は彼らが造り上げた一つの規範や宣伝のテンプレート、社会システムを踏襲していることは留意すべきだ。また再度余談になるが、当時の売れっ子監督フリッツ・ラングへ熱烈なアプローチ(彼はユダヤ人だったにも関わらず)をかけたが彼は拒否してアメリカへ飛び、彼の地でも成功を収めた※2

本作の見どころはヒトラーとナチスの愛した映画という手法で彼を復活させる流れだろう。メタフィジカルな演出に為す術もなく入り込むしかない我々は、いつしか彼の演説と話術に取り込まれていく。人々は今でも「本物の男」を求めているのだ。いや、本当はずっとその出現を待っていたのだ。
いつの世のどこにでも何かしらの問題がつきまとう。特に現代ドイツには移民が大きな負担となっている※3。先日もミュンヘンでテロが起こり多くの犠牲者が出た。社会が世界規模で動くようになるにつれ、差別やヘイトスピーチは各地で顕著になっていった。20世紀の負の遺産であるナチズムとファシズムは教訓となってはいるものの、他民族に対する不平不満が消えるということはない。歴史的に見てもジプシーやユダヤ人のようなスケープゴートは共通敵として国家に重宝されていた。例えば貧窮した村でユダヤ人が井戸に毒を投げたというデマを流すことで、今対峙すべき敵(ユダヤ人)を示し、村の権力者への貧困という不満をそらすといったものが中世によく使われた手法だ。これはいじめにも言えることで、いじめの対象者を共通の攻撃対象とすることで攻撃側の結束を強めている部分がある。だからいじめっ子が容易くいじめられっ子に転じることもある。今回の米大統領選挙でトランプ氏に支持が集まったのは(ヒトラーだのと揶揄されながらも結果として当選したのは)、時に差別的な彼のものいいからであるとも言える。「メキシコからの不法労働者をブロックするために壁を作る」であるとか、外国からの輸入品には高い関税を払わせるといった内容。それらは人々の心の内を代弁するかのようで、それが彼への支持へと繋がったのだろう4「帰ってきたヒトラー」という小説が書かれ映画化までされた背景には、言うに言われず増大する不満を稀代の大悪党に代弁させることでいかに現代が1930年へと近づいてきたかということ、また彼が行ったことが人間の心理を突いていたこととを白日のものに晒した事実があるからなのだ。


ヒトラーが行ったことは恐ろしいほど人間に備わった排他的な本能を刺激していた。だが彼は現在悪の象徴とされている。枢軸国が勝利していれば彼は今英雄として崇められていたであろう※5先述の大統領選にも同じことが言える。増える不法労働者、イラクへの派兵とISによるテロ、白人の人口の低下。マイノリティであった者たちがマジョリティへの配慮を求められ抑圧されていった結果不満が爆発し、「変化」を掲げた大統領は何も変えることが出来ず、そこに現れたのがこの男だった。トランプ次期大統領の数々の過激な発言に、一部の人間はマイノリティへの攻撃をすでに開始しているという※6。人々は常に「本物の男」を求めている。そしてその男が「本物」であるかは最後まで分からないのだ。


1. 誇張してるだけなので感激できなかったからといって感性がおかしいとかじゃないです。僕が好きなだけです。パブリックドメインだからYouTubeで無料で視聴できるからよかったら見てね→Pt.1 Pt.2
※2.  逆にラングからアプローチをかけたという文献もあるようだが、ヒトラーとゲッペルスが彼のファンだったという話もあるのでこちらが正しいだろう
※3もちろんドイツだけに限らずイギリス、フランスもかなりの数の移民が押し寄せておりテロが起こっている。
4. これ書いてた時まだ次期大統領決まってなかったけどトランプおいたん当選したらめっちゃ普通のおっさんになってて吹いた。
※5. 現在もネオナチ(厳密にはナチズムとは少し違うが)のような人間がいたり憧れを抱く輩がいるのも事実だ。
※6. http://togetter.com/li/1047120 これは事実なのだろうか?

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